端島炭鉱の記憶(聞き取り年月日場所:2006年2月12日 滋賀県甲賀市水口町 Kさん自宅)
周囲約1.2キロの島は、「たばこを2本吸っているうちに1周できるほどの距離」だったが、当時ではまだめずらしかった9階建て
の高層住宅がひしめき、昭和30年代の日本経済高度成長期時代には5千人以上の人が住む人口密度世界一の海上産業都市だった。
病院・学校・警察・映画館・パチンコ店・理髪店・売店など、墓地以外はすべて揃っていた。
端島炭鉱は現在、当時の記憶を封じたまま廃墟と化し、一部の写真家等には「軍艦島」として人気を得ている。「また行って みたいですか。懐かしいでしょうね。」と私はKさんに聞いてみた。「行ってみたいとは思わない。廃墟となったふるさとは悲 しいだけ。そんなふるさとは見たくもない。」とKさんは言った。
しかし、そう語るKさんの書棚は、たくさんの「軍艦島」のビデオや写真集で詰まっていた。また、Kさんの手元に端島出身
者の全国名簿が置かれていた。Kさんがコツコツと作成していったもので、滋賀県内でも15名の端島出身者を把握しているという。
「5年に1回、集まりを開いているが、出身者の高齢化も手伝ってあまり人が集まらない」と寂しげに語った。
|