大災害はみな人災だ ー 三井有明鉱災害の背景


三池炭鉱労組三川支部 織田喬企

(昭和59年1月18日付け 三池労組機関紙「みいけ」より)



生かされていない過去の教訓
 私たちがいつも、災害のたびに一番いらだつ思いで怒りを覚えるのは「あの近代設備を誇る新鋭有明鉱で・・・」と言われること です。20年前、1963年11月9日に起きた三池三川鉱での炭じん爆発の時も「あの三川鉱で炭じん爆発が起こるとは考えられ ない」と言われたのです。
 「考えられない初歩的な」要因による災害がなぜかくもくり返されるのかが問われねばなりません。資本の大きさや設備の近代化 が保安の決め手だと考えられるかも知れませんが、むしろ、労働災害は設備ではなくて、人間が起こすものであることを強調したい と思います。世間の人々は、炭鉱災害は不可避的だと考えがちでありますが、これは必ず防ぎ得る人災なのです。
 今次、有明鉱火災が過去2回の災害と全く類似することは、労働者にとって堪え難い災害から得た貴重な経験が生かされていない ことです。犠牲者を多発させた原因は、発火地点が入気道であること、その死因のすべてが一酸化炭素中毒であること、最も大切な ことは、火災を発生させない事前の処置が全くおろそかであったことです。炭じんの清掃、散水処置、ベルトコンベアー関係の監視 体制がサボられていた点にあります。
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 石炭を増産するためにはどんなことでもする、金のかかることはなるべくしない、より速く、より多くの石炭を、より少ない人員 で、そのために労働者は働きさえすればよいとする、これが炭鉱合理化なのです。

有明鉱火災ーその真因について
 災害発生時点での在坑者は700名余で、発火地点より深部にいた99名が閉じ込められた形となり、かろうじて16名が助かっ たものである。発火の原因はベルト等のなんらかの加熱と思われるが、これは現在密閉中にて、その後に待つこととなりますが、要 は、発火を起こさせない施設と保安上の対策がどうであったかが、問題であります。
@主要ベルトコンベア坑道の監視体制
 当番2名は死亡し発火時どこで何をしていたかは不明。専任当番は未配置。
A保安機器の管理・運営・施設状況
 煙感知器は風下になく感知しなかった。ガスマスクは使用時の酸化熱がひどく、また有効時間が短いためほとんど効果はなかった。 以前から言われていたことであるにもかかわらず改良されていない。無線は混信が激しくあまり役に立たなかった。避難所は形だけ で使用不能。
B防火のための処置と方法
 散水施設はあっても使用しないところ、蛇口の回らない所があった。燃焼あとからして炭じん清掃の不徹底がうかがえた。  

大災害はみな人災
 災害直後の状況から、発見、連絡、消火、退避命令と、その全てに問題が多い。第一発見者が発火地点より1キロ離れた所で異 常な臭いに気づき、発見、連絡、消火にあたったということですが、その発見者が関係者ではなく、電気の係員で、たまたまそこを 通りかかって解ったことからして、誰かが偶然にどこかで感知しなければ発覚しないという実態、管理体制の不備を露呈しています。
 石炭が発火するまでには一定の時間を要するし、くすぶり続けて通気門に炎となって燃え移るまでの時間等推察しますと、その時 までベルトコンベア坑道上は無人状況にあったとしか考えられない。人減らし合理化が作り出した人災と言わねばなりません。ベル ト当番の配置については20年前にも指摘されたことなのです。

人命、保安軽視の基盤、労働者分断支配
 三池炭鉱には職員組合の他に、三池労組(昭和58年6月現在423名)と三池炭鉱新労組(同3968名)の3組織があり、さ らに下請組夫(未組織)の存在があり、直轄員の定年による減員は組夫の増員で補充する傾向にあることです。今次、有明鉱の直 轄員960人に対し組夫は360人と直轄の40%を占める程です。
 このような労働者の分断支配が保安問題についてどれほどの悪影響を与えているかは、必ずしも明らかにされていないようです。  資本の「独善的合理化」強行のためには、組織を分断させ、「無抵抗な」労働組合(第二組合)、無権利の下請組夫を用意するこ とが、資本にとってなにより先決なのです。
 今次災害の経過より、有明鉱鉱員(第二組合員)たちの心底にあるものは、その一端を表しています。
 「組合からといって、出勤するように電話があったので、まだ燃えているのに、自分は救護隊じゃないので、そんなことはでけん ですよ。何の説明もせずに出てこいという組合に腹が立った。しぶしぶ出ていくと会社から災害のことで三池労組のモンから聞かれ てもしゃべるなと言われ、5日目ごろから坑内に下がった」という。また入社して日も浅い青年労働者は、「炭じんのひどい時、 防じんマスクを付けて仕事すると、マスクどんして仕事になるか!と怒られるし、オジサンたちに教えられたこつ珪肺になると思う と、防じんマスクぐらい使いたいもんね。うちの組合は労働者のことは考えとらんバイ、もうイヤになった」。
 24時間ぶりに救出された下請けのFさんは、「俺は下請。最初に助けるのは直轄の人たちだから、組の俺たちのところは一番最 後になる。負けんぞ、助けに来るまでがんばるぞ、火が消えんなら水を入れるじゃろな。水を入れるなら助からんぞ。そん時ゃそれ までたい。夕張の時は水を入れたなぁー。夕張にも俺と同じような人がおったかも知れんぞ。苦しかったろうな。俺もそうなるかな ぁ」と思ったという。生死をさまよう暗闇の坑道で、その直前まで「下請」という意識を忘れさせない悲哀の深さに、我々はなん と答えるか、である。

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